1988年3月〜12月 イサム・ノグチが札幌を訪れ、モエレ沼公園の設計を開始する。
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日付:1988年3月〜12月
小咄:
「1988年3月、ノグチは初めて札幌を訪れました。札幌のある起業家から、「札幌なら長い間温め続けてきた数多くのプレイグラウンドのアイディアを実現できるかもしれませんよ」。そう誘いを受けたのです。 世界的な彫刻家であるノグチが札幌を訪れると聞き、札幌市はぜひ作品を設置して欲しいといくつかの候補地を提案しました。挙げられたいくつかの候補地の中で、ノグチは既に建設がはじまっていたモエレ沼公園に強い関心を寄せます。[中略]この公園事業に強い関心を持ったノグチの期待に応え、札幌市は公園の設計を委託。「公園全体がひとつの彫刻作品」という考え方がノグチから提示され、周辺の環境や景観との調和をはかりながら、ダイナミックな地形造成を行うというマスタープランが、瞬く間に形づくられていったのです。モエレ沼公園を訪れてから8ヶ月後の11月17日、ノグチの誕生パーティーではモエレ沼公園の2000分の1の模型が披露されました。 ところが、予期せぬことが起こりました。ノグチが急病のためこの世を去ってしまったのです。モエレ沼を初めて訪れてから9ヵ月後のことでした。札幌市では、マスタープランが完成済みであることと、詳細の指示を受けていたイサム・ノグチ財団の監修と活動を支援してきた人々の協力を得られることになったことから、公園造成を継続することに決定し、ノグチの亡くなった翌年から本格的な造成工事がスタートしました。」(モエレ沼公演ウェブサイトより)
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